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ワークスロップ問題に陥らないための5つのポイント
昨今ではAIに質問をすれば無難な答えを分かり易くまとめてくれます。
ですが、それに頼りすぎることで見栄えは良いが中身のない社内レポートが作られたり、実態とは乖離した戦略を立ててしまうといった弊害も発生しています。
低品質なAIコンテンツをslop(汚水)になぞらえて「AI slop」と呼ぶことがありますが、その仕事版という意味合いで上記のような弊害は「ワークスロップ(workslop)問題」と言われています。

このページではベンダや販社/SIerが中堅・中小企業向けのIT活用提案に取り組む上で重要となるテーマについて「AIに尋ねた回答」と「市場調査データに基づくファクト」を比較し、ワークスロップ問題に陥らないための留意点を解説しています。

5つのテーマ毎に回避ポイントが1つずつ解説されており、5つのポイントに留意することでワークスロップ問題の抑制に役立ちます。

テーマ1:中堅・中小企業が求める人材不足の対策は?

AIによる回答例と留意点 AIは以下のような対策が有効と回答しています。
1. 賃金や処遇の改善
2. 採用強化や募集の見直し
3.職場環境や働き方の見直し
4. 人材育成と定着支援
5. デジタル化、省力化、業務の見直し
6. 多様な人材の活用(女性/高齢者/外国人など)

大企業に対する価格転嫁が十分に進んでいないこともあり、中堅・中小企業は賃上げを実施しづらい状況です。そのため採用活動をしても人材が集まりにくいという悩みがあります。
つまりAIが筆頭に挙げている1.や2.は大企業であれば実施可能ですが、中堅・中小企業にとっては現実的な施策とは言えません。
AIは様々なコンテンツを学習する際に企業規模を明示的に意識しているわけではないので、こうした混同も発生しやすいと考えられます。

中堅・中小企業を対象とした市場調査データを紐解くと、人材不足の解決策としてユーザ企業がIT企業に求めているのは「人材の新規採用」ではなく「既存人材の有効活用」であることがわかります。(詳細は以下のリリース3ページ目)

中堅・中小企業が人材活用で抱える真の課題とHRテックのシェア動向

このようにワークスロップ問題に陥らないための第1のポイントは「AIは大企業と中堅・中小企業を区別できてない可能性がある」という点を念頭に置いておくことです。

テーマ2:中堅・中小向けERPの重要テーマは?
AIによる回答例と留意点 AIが掲げる重要テーマは以下の通りです。
1. 全社データや業務の一元化および可視化
2. クラウド化およびSaaSモデルの活用
3.「Fit to Standard(標準業務に合わせる)」思考とカスタマイズ抑制
4. システム連携、データ活用、自動化
5. 導入/運用コスト、人材/ノウハウの確保
6. 業界/業種特化、テンプレート活用
7. 運用/継続的改善、アップグレード対応

1.はERPが目指すべきゴールですが、それを実現するためにどのような製品/サービスを提供すべきか?がIT企業の悩み所です。
中堅・中小向けにコスト負担を下げる手段としてクラウドは有効な選択肢ですが、「クラウドERP」とは必ずしもSaaSを指すとは限りません。
また、ここでの「Fit to Standard」は業務をERPに合わせる「Fit to Product Standard」を指しますが、対義語である「Fit to Company Standard」(ERPを業務に合わせる)の方が適合する場合もあります。
これらの詳細については、以下のリリースで解説しています。

中堅・中小向けERP市場の導入シェアと注目すべきニーズ動向

AIによる回答には「SaaS形態のERPをFit to Product Standardで導入すべき」というニュアンスが伺えます。ベンダによるアピールはネット上に数多く存在する一方で、ユーザ企業は自身が抱える課題やニーズを敢えてネット上では主張しないからです。結果的にAIが示す重要テーマはベンダが訴求したいと考える内容と近くなります。

このようにワークスロップ問題に陥らないための第2のポイントは「AIが語る内容はユーザ実態ではなくベンダのアピールであることも多い」という点を念頭に置いておくことです。

テーマ3:ひとり情シスの課題と解決策は?
AIによる回答例と留意点 AIが提示する解決策は以下の通りです。
1. 業務や作業量の可視化と削減
2. セキュリティや運用基盤の強化
3. 外部支援やリソースの活用
4. 組織や経営層との連携および理解促進
5. スキルアップ、ナレッジ共有、コミュニティ参画

まず「ひとり情シス」には兼任と専任の2通りがあり、兼任の場合には総務/人事/法務などの傍らでIT管理/運用を担っています。ネットの情報のみで学習するAIにはこうした実態が見えづらいと考えられます。最低限必要なIT関連作業を少人数で担っているので、1.のような整理を行う余裕はありません。
また、3.のような外注による対処もIT企業が企画してしまいやすい施策ですが、経営側がIT予算を抑えた結果として「ひとり情シス」の状態が生じています。つまり、ITのために外注費を捻出するという判断が下りにくいわけです。このように「ひとり情シス」は中堅・中小企業の経営層におけるヒト/モノ/カネに対する考え方や組織内の実情が反映されているため、AIから得た情報だけでは現場感を見誤りやすくなります。「ひとり情シス」の最新動向は以下のリリースで確認できます。

「ひとり情シス」は増加?減少?IT管理/運用の現場で起きている変化

このようにワークスロップ問題に陥らないための第3のポイントは「AIはユーザ企業の経営や組織の内情まで理解しているわけではない」という点を念頭に置いておくことです。

テーマ4:AI PCはどうすれば普及する?
AIによる回答例と留意点 AIによる提案は以下の通りです。
1. ユースケースを明確化、可視化する
2. コスト負担を抑える、段階的導入を促す
3. セキュリティ、信頼性を担保する
4. 教育、社内浸透を進める
5. 製品、ソフトウェア、サービスエコシステムを充実させる
6. 市場や製品モデルを多様化し、導入の選択肢を広げる

1.のようにAI PCが役立つ場面を提示できれば良いのですが、現在のAIチャットサービスの基盤となっている生成AIの技術は今後の予測を行うタスクには最適化されていません。AI PCのように新規性が高く、既存の情報量が少ない分野においては、上記のように抽象的な回答しか得られないこともあります。したがって、IT企業が施策立案を行う際には別の手段も併用する必要があります。 以下のリリースでは市場調査データにベイジアンネットワーク分析を適用することによって、AI PC導入につながる目的/場面は何か?を明らかにしています。

ユーザ企業が「買い替えたい」と考えるAI PCの導入メリット

このようにワークスロップ問題に陥らないための第4のポイントは「AIに尋ねるだけで将来の予測まで行えるとは限らない」という点を念頭に置いておくことです。

テーマ5:中堅・中小向けにDXを拡販するには?
AIによる回答例と留意点 AIが示した回答は以下の通りです
1. 目的や価値を明確にする
2. 経営層の意思決定とトップダウン/ボトムアップの両立
3. 小さく始めて成功体験を積む
4. 人材/組織/風土づくり
5. プロセス、ツール、データ基盤の整備
6. セキュリティやガバナンスの確保
7. 支援制度、外部リソースの活用

DXとはただ単に「紙をなくす」「クラウドに移行する」などではなく、ユーザ企業の業務をITによって改善していく取り組みです。その目的や手段はユーザ企業の規模や業種によって大きく異なります。
一方、IT企業側も全てのDXソリューションを提供できるわけではなく、それぞれ得手/不得手があります。
つまり、DXを成功させるにはユーザ企業の規模/業種とIT企業側の提案内容が適切に噛み合うことが不可欠です。AIがコンテンツを学習する際にはユーザ企業の規模/業種やIT企業側が提供できるDXソリューションの種別を明確に意識しているわけではありません。プロンプトでそれらを指定すると一見上手く行くように思えますが、答えを誘導することで実績や実態のない提案(ハルシネーション)が生じる恐れもあります。現在のAIチャットサービスの多くは幅広く無難な回答を出すことは得意ですが、特定の規模/業種の企業に関する内容を深堀して尋ねると、回答が抽象的になったり、架空の内容になりやすい点に注意が必要です。
こうした場合は導入実績のあるDXソリューションをパターン分類して、IT企業が実施可能であり、かつユーザ企業の規模や業種に合致した提案内容を選択するといったプロセスが必要です。以下のリリースではそうした分析/提言の実施例を紹介しています。

ユーザの「無自覚課題」を顕在化する営業シナリオの作成方法

このようにワークスロップ問題に陥らないための第5のポイントは「プロンプトを指定してユーザ企業の規模/業種などを深堀した質問をする際は過剰な誘導に注意が必要」という点を念頭に置いておくことです。

人材不足が常態化する一方でデータ量が日々増大する昨今ではAIの活用が不可欠です。ノークリサーチもAI活用の実態調査や試行/研究に注力しています。

ユーザ企業における円滑なAI導入を実現するためには、まずIT企業側がAI活用の経験を積んでいくことが大切です。 上記のポイントがその一助となれば幸いです。

2025/11/10
分析/執筆:岩上 由高